人間のやることが鬱陶しい?

オジギソウ

すっかりうなだれて死にかけた植物だ…と思うのは早計とても健康的に夕方5時半もう眠っているのです可愛いですね

名前はオジギソウ朝は早くからまずシャキンと腰を伸ばす(今はガックリと腰から折れていますが)それから手のひらを太陽に向け手の指を一本ずつ開くように葉のギザギザの指のような切れ込みをいっぱいに開くんですその手のひらを指ですーっと触るとくすぐったそうに葉をシュルシュルシュルと閉じる外出から帰ったとき玄関前にポカーンと葉を開いているのを見るとちょっといたずらしたくなるすーっと触るとシュルシュルシュルと閉じるのがとても可愛い最近とっておきの私の「癒し」(秘密)

シュルシュル…の反応が早いほど健康と自分勝手に考えている実家には高さ3mほどの合歓の木(ネムノキ)があるネムノキもオジギソウと似た反応をすることで知られているが反応はどうだったか覚えていない葉っぱの感じもよく似ている

アトリエの窓辺にもたくさんの小さな植物たちが生きている一昨日はサボテンの大きな白い花も咲いた別のサボテンの小さな花も咲きかけているしふちょっちょの木の大きい真っ赤な花も咲いている癒してくれるものはたくさんあるのになぜか癒されない気持ちも毎日膨らんでくるのはどうしてなんだろう

Vaikne kevad

Kevadised teeääred on lilli täis
Wisteria õitseb isegi siis, kui keegi ei vaata

Ma pole poolteist kuud rongis olnud.。Muuseumid ja raamatukogud on suletud.、Võib-olla sellepärast, et mul pole kuhugi minna、See on ka sellepärast, et mul on kiire。Ülikoolid hakkavad pakkuma ka veebitunde.、Selleks otstarbeks videote jms monteerimine、10 tundi või rohkem iga päev、Ma ei saa arvutist lahkuda。

Mõtlesin: "Ma tahan sel aastal videoid redigeerida."、Olin järsku sunnitud seda tegema.。Kaugeltki mitte "ülesõidupaat"、Mind tiriti järsku kaldalt paati.、Järsku üksi roolis sõudmine、Mulle tundub, et seda mulle öeldi。Ja minu ees on kärestik、Käskisin tal enne seda kaldale jõuda.。See on nii hoolimatu、Mõtlesin, aga see on juba vee peal.。Mul ei jää muud üle, kui vaadata ja jäljendada.、Kuigi ma mõtlesin sellele、Ju ma ei ole selles hea。Väike asi iga päev takistab teil Niche'i või Sacchisse minemast.。Aga millegipärast、Kui magan ühe öö、Oh, see on imelik、Mis see eile oli?。aga、Kärestikud tulevad aina lähemale。Pean varsti midagi ette võtma、Ma ei saa magada, kui sellele mõtlema hakkan.。

Kohati nii、Maakoht on mõnus。10 minutit jalgrattaga、Juba on põllud ja riisipõllud。Inimesi ei olnud mööda minna, seega hoidsin maski lõua all.。Kevadised põllulilled teepervel、Lilled on täies õitsengus。Samuti õppisin esimest korda tundma “Caterpillar oxalis”.。Kui vaadata, siis on kindlasti näha oksalehe kuju.。Kaunviljade perekonna lill on "Yahazunopea"、Teine nimi on vareshernes.。Õppisin ka kuldvitsa selgeks.。Muidugi võililled、Iirised ja wisteria on täies õitsengus。aga、Pole kedagi, kes seda armastaks。Järsku、Meenutab mulle Rachel Carsoni "Vaikset kevadet"。

ta、Loodusliku maailma vaikne surm DDT-mürgistuse tõttu、Isegi linnud ei laula、Maailm ilma putukateta、「沈黙」というキーワードで環境破壊の恐ろしさを告発したコロナで恐れ慄いている今は鳥もいる至るところで蝶も見る川では鯉が跳ねているのも見た。aga、人がいない別な意味での「沈黙の春」だと思ったコロナは仕方ない。Aga、この異常な騒ぎようはなんなのかむしろ人災を拡大しているのではないかおそらく日本ではコロナウィルスによる感染死より経済的に追い詰められた自殺者の方が多くなるだろうと危惧している4月中の収入社会人になって以来初めてゼロになりました

かくれんぼ

今の子どもたちは鬼ごっこやかくれんぼなどするのだろうか特に調べてもみないがそういう子どもどうしの関係も安全で未知の場所(大人からみれば多愛ないが子どもにとっては十分ミステリアスな)もなくなってしまったのではないかと勝手な想像をする

私の子ども時代は毎日そうした遊びで毎日が暮れた子どもも多かったし空き地は有り余っていたし安全で未知の隠れ場所など無数というに近かった草むらに隠れてみたはいいが周りをよくみたらそこら中に蝶のサナギがあって驚いたことや弟が隠れた場所で眠ってしまいいつまでも出てこずに大騒ぎしたことも思い出した

かくれんぼではないが私を探すための捜索隊を出されたことが二度ある一度はたぶん中学生2年生の冬ウサギわなを仕掛けながらつい遠くの牧場のある山まで行ってしまった時のこと見晴らしのいい頂上近くに立つと遠くに雪雲が発達しながらこちらに近づいてくるのが見えた腕時計など持っていなかったがすでに午後3時は過ぎていたと思う

「吹雪になる」と直感した私はすぐスキーで斜面を滑り下り一目散に帰り道をとった遠くまで来過ぎたことを一瞬後悔したがグズグズしている時間はない

家からそこまでは夏場でも普通に歩いて3時間以上かかる下りでスキーを履いているとはいえ雪雲に追いつかれるのはすぐだった半分もいかないうちに雪が降り出しそのせいでいっそう暗くなり始めた次第に吹雪になりそのうち自分がどこをどう歩いているのか分からなくなってきた

辺りが一層暗くなり吹雪も強くなり始め私はかなり焦っていた吹雪の息が切れた一瞬遠くに水銀灯の光がチラッと見えた(ような気がした)家への確かな道を辿り始めてから心配した両親が依頼した捜索隊のライトと出会った彼らに叱られながら午後8時頃帰宅吹雪は止みかけていたが集落からポツンと離れた我が家の辺りはもう真夜中のようだった父は「早く飯を食え」とだけ言ったゴーグルや毛糸のヘッド・キャップを途中で失くしたことに初めて気がついた