ベゴニアで遊ぶ

ベゴニア 水彩/コットン紙 F6
ベゴニア(制作中)

我が家の庭になかば打ち捨てられたベゴニアがひっそりと咲いています。pero、それはひっそりのままにしておきます。。これはずっと前に撮った写真をもとに最近続けて練習しているベゴニアのなかの一点これとはまた別の制作を現在YouTube用に編集中ですが展覧会も重なりアップロードまでに時間がかかっています

この賑やかさ(うるささ)は“あえて”やってみたものです制作中の絵と比べるとかなりうるさく感じますねこの状態はいわばターニングポイントでここからまったく別バージョンの絵にすることも可能です今回はあえて“うるさいかも知れない”方向にしてみました

教室で見せたら「着物の柄みたい」という評価がありました。Kita ko、うまいこといいますね一部にほんの少し立体感をつけてありますが基本的に平面的なるべく平坦に塗っているからでしょうそれと色合いコットン紙はそれに適しているようですこれまでもたくさんの「練習」をしてきましたが最近YouTubeをやるようになってからは練習テーマがだいぶシンプルになってきています

ここのところ少し疲れ気味?それもあって水彩を多く描いているのかもしれないとふと思いました小さな水彩の習作テーマも課題もはっきりしているので「思い悩むこともなく」集中して描く身体を使うことがストレス解消になっているのかもしれません

自動車を描く

池のある風景 水彩/コットン紙 F4
資料写真ふつうは自動車の方を省略してしまいがちですね

テーマは「駐車場の車」ですあなたは車を描くのが好きですか?わたしは必要がない限り描かずに済まそうとしてしまいます小さな子どもはたいてい自動車を描きたがりよく観察していてそして誰もが得意にしています

大人にとっても自動車を見ない日は一日もなくまた毎日のように利用もしているのに案外描けないものの代表格ではないでしょうか。Syempre、ロゴマークのような“記号としての自動車”ではなくスケッチとか絵画イラストとしてのそれのことですが

そういう意識が常にあるので駐車場の車の列とかフロントガラスに映りこむ木の写真とかを撮ることが少なくありませんいつか描くときがあると思っているからですがその割にはこれまでどことなく避けていたようにも感じあらためて練習してみることにしました

描き終わったあとで見るとこの絵の中の駐車場のインパクトは当初思っていたより強く「駐車場の見える風景」とした方が適切なほどですやっぱり車が描けるとテーマの選択肢が広がると感じましたこういう車列?の風景をもう数点サイズも少し大きくして練習してみようと思っていますコットン紙を久しぶりに使いましたがテーマに適切な選択だったかどうかは微妙なところです

gupitin

“The Man with His Fingers Crossed” Tempera (second appearance) Ang gawaing ito ay 12 taong gulang na。background na ito、Hindi ko na ito kayang kopyahin

-Ikaw ngayon、anong ginagawa mo、O ginawa mo? ―
Parang walang kuwentang tanong, pero、Ito ay isang tanong na ayaw mong itanong kung minsan.。nang hindi sinasadya、Maaaring may mga pagkakataon na gusto mong ibalik ito at sabihing, "Hindi ba mali ang mataranta?"。"Wala nang plano para sa araw na ito"、Sa tuwing lalabas ito sa iyong smartphone, ang mensaheng “So、ano? ” ay。

Bakit?、Parang gusto kong tingnan ang "cut side" ng mga bagay.。Kumakagat ng mansanas、Makikita mo ang loob sa pamamagitan ng hiwa na bahagi ng balat.。Yung sitwasyon、Gusto kong makita ang kalagayan。Napapanood ko ito ng ilang oras at hindi nababato.。pero、Kung ganoon ang kaso, hindi magiging maayos ang pagkain.、Sa totoo lang, kakainin ko na.。

Mga marka ng pait na iniwan ng iskultor kapag sumasalok ng kahoy gamit ang pait。Ang anggulo kung saan pumapasok ang pait sa kahoy、bilis。刃先の鋭さと木材の柔らかさとの絶妙のタイミング、Sa madaling salita, "teknikal"、Isipin at i-replay ito sa iyong ulo sa sobrang slow motion.、I-edit at i-retoke、Pagkatapos lamang makumbinsi、Pakiramdam mo ay nakita mo ito ng sarili mong mga mata.。Hindi ako iskultor、Hindi ko alam kung tama ang tinatawag kong "brain video".。Kung may mungkahi mula sa iskultor mismo、I'll have to revise it based on that.、Maliban kung ang iyong focus ay doon、Parang hindi ko nakita。
Ganyan nangyari ang lahat、Posibleng isama ang bawat isa sa iyong sariling mga pandama nang paisa-isa.、Para sa akin, parang ang ibig sabihin ay "to see something"。at、Ang pinakamadaling lugar upang maunawaan、Tila iyon ang "cut".。Pero、Parang hindi lang ito ang unique perspective ko.。時代劇映画などで侍が人を斬るその切り口を検視すればどれほどの使い手か判るなどというかなり専門的な設定でさえ誰もが疑問を感じずに映画に興じることができますわたしの視点はむしろとても常識的なものだということになるでしょう
 

Pero、通り一遍の“ざっと見”では無理です映画の中だって深く「じっと見る」はずですじっと見ている=何もしていないじっと考えている=何もしていないという等式が「あなたは今日何を・・」の質問から感じられるとき一つの断絶がその切り口を見せているんだなと思うのです