立ち止まることができない。前回「Take your time」で「自分の時間」について書いた。いくらか前向きな気分で書いたが、ふと自分の足元を見ると地面さえないことに気づく。自分はどこに立っているのかが分からない。自分のもっているもの、こんな状況を変えられるものは何だろう。何にも持っていない気がする。失くしたのか、それともはじめから持っていなかったのか。
10 år tilbage、というのがわたし自身の(単純に感覚だけの)寿命予測。睡眠や体調不良による“何もできない” 時間がその3分の1、少なく見ても3年半。仕事など生活のための時間がやはり正味で3年くらい?わたしには何の蓄えもないからもっと長期間必要かも知れないが、その時にはもう体が動かないだろうから、たぶんそんなもの。
あらゆる意味で、ラストチャンス。失敗してももう後がありません。来月、銀座でグループ展に出品しますが、ちょうど10回の区切りを迎えるので、それを最後にもう銀座や上野、六本木などへ出品することはやめるつもりです。せいぜい埼玉県内だけ。Når det er sagt,、「まなじりを決して」というほどの切迫感でも悲愴感でもなく、やれるところまでやる、中途半端で終わるならそれはそれでよし、という平易な気持で残り10年に望みたいと思っています。自分の残り時間を、自分のペースで最後の消費をする、ティク・ユア・タイムと自分に言い聞かせながら。自分の時間を他の誰かに残せるわけでもないし、Hej。
「秋めく」は俳句の季語としてもよく知られています。歳時記では、「目にも耳にもはっきりと秋のたたずまいを感じるようになる」とあります。空気が澄んで、遠くの山が少し近くに見えるようになる、遠くの音がよく聞こえるようになる」のですが、「人生の秋」はすべてのものが「目からも耳からも」遠ざかるようになっていきます。Med andre ord、気象と生理とでプラスマイナスゼロってことでしょうかね。九月も平均最高気温を更新するかも知れません。