自分と比べるのもおこがましいが、レベルを別にすれば似たり寄ったりの体験は、誰でもある程度あるのではないだろうか。nga ana tjetër、あの人の発想はいつもちょっと変わっている、などということもあり、その場合は突然ではなく、普段から別回路の発想法?をもっているということになるだろうか。
わたしがいま望むのは「ノーベル賞型」ではなく、「発想法型」の発想法である。言うまでもなく、マネできそうなのはそちらしかないからだが、そう思っていろいろ調べたり、考えたりしていると、発想(法)云々は実は発想の問題ではなく、単に「考えること」なのではないかという気がしてきた。me pak fjalë、「考えない人」から見れば「考える人」がユニークな発想に見えるだけなのではないか、天才的な発想というのは確かにあるだろうが、一般的にはそういうことがほとんどなのではないか、と思えてきたのである。