
今日(23日。天皇誕生日)は暖かい春の日になるという天気予報どおり、当地でも22℃まで気温が上がったようだ。Tiyak、わたしも半袖で!自転車を漕いでいた。「春一番」は日本のどこかで、昨日記録されたような気がするが、現実はまだ2月ですよ。黄砂も花粉の飛散も注意報だらけの「春の日」。今夏の恐ろしさを予見せざるを得ない。
タイトルの「非対称性」とは「対称性」がないということ。たとえばボクシングの試合なら、相手のパンチに対抗できるのは、自分のパンチしかない。手段としては同じなので、これは「対称性」の例。
同じようにボクシングの試合に例えるなら、相手のパンチに対して逃げ回りながら、「あいつのグラブには○○があるから反則だ」とレフェリー・審判員、及びメディアに訴えることで、(「反則勝ち」という)勝利を収める、というのが「非対称性」。
例が悪かったかも。「オレは金も権力も持ってるぞ」と威張る相手に、「わたしは『恥』という概念を知ってるよ」と論理・価値観を変換するのも、「非対称性」であるらしいんだ。わたしも最近になって耳についた言葉なので確たる自信はないが、そんなところではないかと想像する。
「非対称性」という概念を知ることは、無用の摩擦、無用のストレスを軽減するキーワードではないか、と思える。数日前、ロシアの大学で、学生の軍隊への志願率が低いことについて、学長が「臆病で、恥知らずだ」と「諭した」ことについて、学生たちが「学問の自由」を主張したことが「非対称性」の例だというのは、間違っているだろうか。