「山荘の初雪」をアップロードしました

「山荘の初雪」をアップロードしました。1週間でアップすることを目標に編集してみたがぎりぎりだっただいたい何を描くかに一週間は考えているそして1週間はなんだかんだと忙しく編集には頑張っても1週間かかる。Mewn geiriau eraill、3週間ペース(それ以外の問題がないとして)優秀なYouTuberから見たら「やる気なし」に分類にされる投稿頻度

YouTubeは純然たる一つの「会社」投稿が無料だからといって決してボランティアなどではない投稿を有料にしたら逆にYouTubeが儲からないから無料にしているだけ。99%のYouTube投稿者はYouTubeの利益に貢献しているだけで(自己満足できるならばそれでもよいが)いわゆる「収益」なんて無い

収益を上げられるチャンネルの多くは「会社組織」になっているようだ数だけから言えばわたしのような純粋個人が多いだろうけれど実際の作業は一人では本当にしんどいしアイデアも広がらない健康を害する人さえ少なくないと聞くそれは実感としてよく解る

このビデオで描いたスケッチは実景ではない取材は秋の小春日和の日だったがそれを雪景色に替えてみたもの現実に雨や雪が降る野外で描いたこともあるが油絵は大丈夫だが水彩では限界がある
 小石が飛んでくるような風の強い日煽られる紙を体重で地面に押しつけながら描いたこともある断崖の上から描いたときは海から飛んできた潮の粒が水分を吸って独特の模様を作って驚いた描いているうちに筆と筆洗の水が凍ってしまったりそういう制作風景がいまならYouTubeで受けそうだが当時は目の前の時間を捉えるのに必死だった

北海道・三陸後続地震情報

       「山荘の初雪」 水彩 (本文とは関係ありません)

2025年12月8日午後11時15分頃青森県東方沖地震発生マグニチュード7.5というかなり大きな地震エネルギーが発散された青森県八戸市では震度6強大きな被害がテレビなどで報道されているが震度の大きさや発生の時間帯を考えると(現時点では)死傷者もほとんど無いらしいのはラッキーだといえるのではないか

わたしの故郷東通村は震度5強たまたま早めに休もうとベッドに入った直後の緊急地震速報の警告音次いで「青森県東方沖・津波注意報」からモニターをオンにし起床その時点で注意報が津波警報に変わり高さ3メートルしかも既に到達しているという実家の目と鼻の先にある東通原発もすぐ脳裏に浮かんできた
 23時30分頃返信がきた「15mの高さのところに避難したから心配しないで」とある(東日本大震災を思い出すと、15mなど安全圏ではないが)妹の家族も緊急避難できいずれも寒さは車の中で凌いでいるとのこと翌日遅く衝撃の激しさから想像したよりはずっと被害が少なかったとメールがあった

「後続地震情報」というのは今回初めて発令されたらしいいくつかの巨大地震の前後を調べてみると前兆となる大きな地震その少し後にさらに大きな地震というパターンがあるので(確率1/100)今後1週間を目途にマグニチュード8クラスの地震が起きる可能性に備えよという注意喚起である
 北海道東岸から千葉県房総半島まで100以上の自治体が対象という自治体にとっても個人・法人にとっても半分ありがた迷惑なような「微妙に重要な」情報である「注意報」ではなく形式上は単なる「情報」だから発する側に責任はないが受ける自治体はそれを無視することもできず対応に苦慮するのは目に見えている
 地震大国日本の面目躍如?といったところだがいわゆる “コスパ(対費用効率)” がめちゃくちゃ悪い「情報」だ。"ond、もしも・・・」想定外の人的被害などが出た時のあと始末を考えると自治体の地理的条件によっては(結果的に)「過剰になる」と想像できる対応でもあえてやらざるをえないところも出てくるかもしれないなにせ「一週間」の期限付きだししかも100%税金なうえ、99%の確率で無駄に終わる可能性があるといいつつ「気象庁がそう言った」という「言い逃れ」つきだ(と言っては申し訳ないが)
 自治体としては自力で判断せざるを得ないがそんな専門家など大都市の役所以外には居るはずもないじゃあ出さなければいいのかというとそれに真っ向反論する知識もない

「(災害が)起きてからの自衛隊頼み」ではなくこうした問題を常日頃から研究訓練実施する「災害庁」のようなものを作るべきではないかという議論が石破内閣で始まりそうだったが高石内閣誕生と同時に雲散霧消した災害は内閣の政策に関わりなく誰が総理大臣であっても今すぐにでも起こり得る早急に創設を検討すべきではないか

Amgueddfa Gelf Otaka no Mori-Mori

Rhai o weithiau Koji Nishibo
Caffeteria i'r chwith o'r ystafell arddangos。Mae mynedfa ar yr ochr arall
Ffasâd Amgueddfa Gelf Mori

Es i weld yr “Arddangosfa Koji Saibo (Cyfnod Hwyr)” yr oeddwn wedi derbyn tocyn gwahoddiad ar ei chyfer.、Es i i'r "Mori no Art Museum" yn Otakanomori, Nagareyama City, Chiba Prefecture.。Rwyf eisoes wedi cyflwyno arddangosfa unigol arall Mr. Nishibo (erthygl ar Hydref 3, 2025).、Ceir yma hefyd rai o'i weithiau cynharaf.、Roedd gen i ddiddordeb hefyd。Mae cyfnod yr arddangosfa tan 21 Rhagfyr, 2025。

Mae hi'n heulog eto bore ma。Mae fy nghefn isaf wedi bod yn teimlo'n well ers ddoe.、Roedd tua 20 munud ar droed o'r orsaf.、Es i allan gyda'r bwriad o gerdded hefyd.。20Fwy na blwyddyn yn ôl, cefais wahoddiad gan aelodau o Weithgareddau Cadw Coedwig Otaka.、Dim ond unwaith dwi wedi bod i Otaka no Mori.。Ers hynny, mae'r ardal gyfagos wedi'i datblygu'n gyflym.、Roedd wedi dod yn “ddinas fodern” gydag adeiladau mawr.。Mae’n ymddangos bod y safle bws sy’n nodi’r tro i’r amgueddfa wedi’i symud.、Es i'n rhy bell (da ar gyfer cerdded)。

Yr oriel gyntaf i mi ymweld â hi oedd、Mae eleni yn nodi 10fed pen-blwydd, felly roedd y waliau dal yn lân.。Ar ymyl y goedwig (gelwir yr un gyfagos yn `` Oguro no Mori '')、(Coedwig gydag enw ychydig yn ddryslyd)、Mae'n fach ond、Mae'n ofod neis iawn。Mae'r amgylchedd yn dda, felly gallwch chi gymryd anadl ddwfn ac edrych ar y paentiadau.。Y tâl mynediad yw 600 yen.、Yn dod gyda choffi a byrbrydau bach、Rwy'n meddwl ei fod yn fargen eithaf da。

Mae gwaith Mr Saibo yn ddarlun realistig dymunol.。Rwy'n dod o Noto.、Mae'n dal i fyw yn Noto ac yn parhau i weithio'n egniol.。Rwy'n meddwl ei fod yn awdur a fydd yn parhau i fod yn fwy gweithgar yn y dyfodol.。