
あの世から、ついさっき還ってきました。文字通りの「生還」です。「いつ死んでもいい」とか「早く死にたい」などと何度も繰り返し言葉にしてきたが、これからはちょっと慎もう。ゾッとするような怖ろしい世界をチラッと覗いてしまったから。
「あの世」へ実際に行ってきたわけではない。ek、入り口付近をチラッと眺めてきただけだから、「生還」などとたいそうな言葉を使うのも本当はおこがましいが、実感としてはそういうものが確かにあった。
dit is、わたしたちの棲む家々からほんのわずかの距離のところにあり、いやむしろ家々のあいだにあり、多くの人々が足繫く通う場所の中にもある。そして誰にも簡単に見分けがつくにも拘らず、多くの人はそれに気づかないふりをしているらしい。そこでは人は既に立ってなどいない。ほぼ全員が仰向けに横たわり、静かに息をしている。日に何度か起き上がっては、どこからか運ばれてくる飯をそそくさと食い、食ってはすぐまた仰向けに横たわる。そこは気づかぬほどゆっくりと動くベルトコンベヤーになっていて、何日か何週間か何か月後にはもう誰の手も届かない、引き返すことのできない「あの世」への動脈になっている。
そこから振り返って見た「この世」は、今日は午前中雪が舞ったりする、荒れた天候だった。傘を差し、風に抵抗して歩くには、脚や腰の悪い人には辛いかも知れない。あの世の恐るべき平穏さに比べれば。maar、それが生きているということだ。痛いことも苦い思いも様々な矛盾も、それがまさしく生きていることのように見えた。
ほんの入り口に入ったところから「この世」を振り返って見た、「土壇場」のスケッチを掲げた。