不または非・「晴明」

「Doll」 watercolor

なんだかイラついている。何かハッキリした不満というより、あらゆることに清々しい明朗さがない、Sådan føles det。今頃の天候などをさす俳句の季語に「晴明」というのがある。晴れやかさと爽やかさが混じったような気分・天候のことだが、どうもそれとは逆とまでは言わないが、「不または非・晴明」という気分なのである。

「感謝」という言葉が、急激に嫌な言葉になってきた。冬季オリンピック、パラリンピックが先頃行われた。昨日から春の選抜高校野球も始まった。ここでも「感謝」「感謝」の嵐。この言葉を口にしないとすかさずどこからかクレームがつく。曰く「あなたの今日あるのはあなた自身だけの力ではない。周囲の力添えがあってのこと。その感謝の気持を持たない人は大人ではない」。

derfor、実際に大人ではない小学生、はては幼稚園児まで「皆さんのお陰でーちゅ」と「練習」させられる。そのようなクレームからの過剰回避である。

ごく普通のことをしたのに、「思いがけなく」ありがとうと言われるときの「晴明さ」と、それは似て非なるものだ。「感謝」の言葉は求めるものではなく、自発的なものであるはずだ。それが単なる「形式」になり、形式でよいとするそのような神経のあり様が、どうやらイライラの中身のような気がしてきた。

Udgivet af

Takashi

Takashis personlige blog。ikke kun om billeder、daglige tanker、at føle、Jeg skriver hvad der falder mig ind。Denne blog er tredje generation。Fra begyndelsen er der gået over 20 år.。 2023Fra 1. januar、Foreløbig besluttede jeg kun at skrive på ulige dage.。Jeg kommer til at tænke over min fremtidige retning og andre ting stykke for stykke.。

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