癒しの水 / Healing water

関宿水門の水 水彩 2014
関宿水門の水 水彩 2014

リハビリのつもりで、おばチャリ自転車(買い物用)で関宿城まで行く。往復でも20㎞以下だから、まあちょうど良い距離。一時間半くらいかかる。私なりには一生懸命だが鍛えられたランナー等には全然敵わない。土手道で、«Den gamle damen på sykkel» som tydelig var eldre enn meg (et privat hedersord med en blanding av respekt og misunnelse) sa også noe sånt som «Unnskyld» og gikk lett forbi meg.。「オレの自転車は買い物用だからな」と言い訳しながら「おばあ」のお尻を一生懸命追いかけるが遠ざかるばかり。

汗びっしょりで関宿城に着くころ、既に休息と優雅なデザートを終えた「自転車おばあ」がカッコいいサングラスを着けて私とすれ違う。クヤシー!などと悶えないことにしている。おばあが元気な時代なのだ。

関宿城のすぐ脇に水門がある。ここ(江戸川)の水流を見るとおばあに負けた傷心が癒される。自宅前の川のチマチマした水量に比べ、ある意味でさすが江戸を潤した水量は違う。Jeg vil si det er avslappende、Jeg mener massevis、Hmmm?。Jeg trakk forsøksvis mengden vann (mens jeg følte meg glad).。

心配なのはあなただけです / Take care just yourself, or.

 

不意打ちに F6 水彩(部分)
不意打ちに F6 水彩(部分)

ラジオから流れた、懐かしい由紀さおりの歌詞を聞いて驚いた。♪「死んでも貴女と~」のあとに続く歌詞。当時は何度も聞いていたのに、その内容に全然気づいていなかった。

先日の妻との「ガン保険」についての会話を思い出す。「私だけ保険に入っているのは不安だよ。君がガンになっても同じように、いやそれ以上に困るんだから」。「私は大丈夫。保険で対応できる部分は決まっているけど、実際ガンになればそれ以外の個別の痛みや何かが必ず出る」「私にはその時々に応じて対応できるお金があるから、保険には頼らない」「あなたにはお金が無いから(最低限の)保険をかけている。心配はあなた自身だけ」。

I’d remenbered the comversation with my wife around a cancer. “I am OK. There are many kind of deseases of cancer if I have it, I understand now” she said. “And I have my own money to against it, so you don’t have to be worry. But I know that your own money is empty. You have to take care your own” . She is the realist.

家族を心配する義務が私には有ると思っていたが、逆に心配されて、しかも既に別枠になっていたとは。men、å kjære、それは当然と言えば当然かも。お金を追及しない人にお金のことを依存しないのは当たり前か。子どもに聞いたら、「いま急に死なれたらちょっと困ることがあるかも」。子どもも、もう私の死後に備えているらしい。そう言えば、今年のお盆。2歳下の友人に数十年ぶりに会ったら「長生きしろよ」と言われ、その言葉自体にショックを受けた。自分の存在はそんなものだったのかと確認した夏だった。