Gaya ng sinulat ko kanina、難しいのは「正確な楕円(円)」。ある程度納得のいくかたちにするには、何度も上下左右に動かして歪みをチェックしなければならない。そこに充分な時間をかけることが一つのポイントかな。先日のシュークリームはとりあえず試作だったので3時間近くで済ましたが、今回は7時間もかかっている。意外に時間かかる。
少なくとも現代日本の美術展には個人的な犠牲(負担ではなく、あえて「犠牲」というほどそれ)が大きすぎる。日本独自の団体展という制度は、その犠牲の量を人数で割って小さくするための方法論であり、作家どうしが互いの傷を舐めあって生きる美術長屋もである。作家がのびのびと作りたいものを作り、自由に発表するという理想からは遠すぎる。作家になるということは社会から逸脱するという覚悟、社会的自殺の覚悟が要る、Walang labis na pagmamalabis na sabihin iyon。家族まで巻き添えにして、たまさか運よく流行作家になれた人だけを見て、その犠牲的精神を格好いいと思うのは時代錯誤であり、それを強いる似たような社会的抑圧(たとえば女性の社会的地位)の風土と通底する。