Gumuhit ako ng Starbucks ...

Pagguhit ng Starbucks Espresso  (CG Sketch)

Gumuhit ako ng Starbucks。Sa palagay ko ito ay isang simpleng pangkulay na angkop para sa mga nagsisimula、Isang bagay na binili ko bilang isang sample para sa isang motif sa silid -aralan (kahit na ito ay lasing ng isang tao sa aming bahay)。

Naghahanap ng mas malapit、Kahit na ang mga madilim na lugar ay maaaring nahahati sa maraming yugto.、Bukod dito, ang pagkakaiba sa ilaw at kadiliman ay napakaliit (bahagyang banayad)。それを教室の人たち全員が「絵の具で」表現できるとは思えないと感じて断念したそこがこのデザイナーのプライドなのかもしれません

仮に「水彩」で描くとする水彩は「明→暗」という一方通行しかできない画材色を見分けることができたとしても、Upang makamit ang isang tinukoy na ningning、Kailangan mong ihambing ang balanse at mag -apply ng hindi bababa sa maraming beses.。Kung gumuhit ka ng isang brush, palaging may ilang mga paglihis (kahit na ito ay mabuti).。Sa tuktok ng iyon、Upang malinaw ito mula sa malayo、Kung hindi ito napakalaki、Mahirap gumuhit。Web top at totoong materyales (mga kuwadro)、Isang halimbawa ng isang pagkakaiba sa kahulugan ng mga umiiral na materyales tulad ng papel.。

Kapag sinimulan ko ang pagguhit ng isang bagay na ganito, nararamdaman ko、Ano ang nakakagulat sa mga taga -disenyo。Para sa akin, na nakatira sa kategoryang "Kataas -taasang Sining".、どこかで無意識にデザインというものを「芸術」より軽視する気持ちがあったのかもしれない最近のスケッチを通してひしひしと反省している

至福の粒つぶ

パソコン内の写真を検索しているうちこんな写真を見つけた「ウニの歯」の鋭さ巨大さのことをブログに載せた時のものだデータには2018年7月15日とある下北半島から弟が送ってくれた4kgの活ウニをアトリエで剝いている下着のシャツを裏返しに着ているのが笑ってしまう

「いい時間だなあ」と思う高価なウニを立派なお店で食べるのではなく自分で剥いて食べたいだけ食べるなんという贅沢な夕餉になったことだろう。pero、そういうモノのことではなくたぶんそれらすべてが繋がって自分が解放された時間だったから

「一瞬を大切にしよう」と最近つよく思うようになった「時間は一瞬一瞬の積み重ね」ではなくむしろ逆に「一瞬にこそ時間は濃縮されている」のではないかとも。at、もしかするとそんな一瞬たちが「幸福」の粒つぶなのではないかなどと

pero、どうやったらその一瞬一瞬に立ち会えるのだろう至福のひとときが誰にでも偶然に頻繁に訪れるなどと思うのは難しいそのうえその瞬間にあるときなぜか気づかずに過ぎ去ってしまうもっと敏感にならなくちゃ、Sa tingin ko ito。

チョコボールのなかみ

「チョコボールのなかみ」を描く

2022年最初の動画アップです森永の「チョコボールのなかみ」つまりピーナッツが入っている(と思うまだ未開封なので)。11月頃だったか教室のモチーフ候補として買われずっと補欠の身分のままわたしの目の前にいる

難しい光沢反射のないマットな表面比較的シンプルな色彩で文字数が少なめなのも描きやすそうに見えた。Basy、この青が意外に手ごわいかもと躊躇しているうちに教室ではもっと高度な課題をクリアしてしまった。Gayunpaman,、コイツの出番が無くなったとは限らない何が難しいかは人によって異なるし描き方によっても違ってくるからだ

なぜこんなモチーフを選ぶかという理由はもう繰り返さないが単純に練習用と考えれば実にお手軽安いだけでなく描き終わってご褒美に食べてしまえば置き所に困ることもないそのくせ描き方によっては馬鹿にできない高度なテクニックを磨くこともできる壺とかバイオリンなど描いているとき以外はただの邪魔者として生活空間を圧迫する溜まってくると堪らない

二日連続で午前3時まで制作若干目がしょぼしょぼ気味。2時を過ぎるとちょっと疲れを感じてくるのは年のせいかもう少しもう少しと思うとつい時間を忘れてしまうそれが健康のバロメーターになっているのかも知れない