「益友」という語を新聞で、初めて知った。益虫、害虫と同じような使い方のようだったから、「害友」もあるかもしれない。
「益友」の語感は最初いい感じがしなかった。付き合う相手を損得で選ぶ感じがしたせいだ。でももう少し読んでいくと、古い友人が「結果として」益友になっている、と受け取れた。Marahil、互いに互いの益友たらんと努力したのだろう。なんとも羨ましい関係だったのだ。

余計な音は聞こえるのに大事な話は聞き取りにくい。それが「難聴」だと医師は言う。肝心の音はちゃんと捉えられない反面、通常なら脳が意識の外へはじき出している音を、制御できずに通過させてしまう状態。
Gayunpaman、別に考えてみると、「実際には存在する音」をすなおにそのまま聞いただけのことなのだから、私以外の、または人間以外の生き物はこの「音」を聞いているはずだ。あるいは生き物の種に応じて、音の「聞こえ」にそれぞれの制御があるのではないか。あるいはまた、古代の人とは異なる現代人特有の聞こえかたがあるかも知れない、とも考えた。
病気というのは何なのだろうか?今の人間が、今の時代に合わせたコントロールが出来なくなること?「時代が病気を作る」と聞いたことがある。そういうことかな。

Ito ay isang buwan。
Si Icarus ng mitolohiyang Griyego ay tumataas nang mataas、Dahil sobrang lapit sa araw、Natutunaw ang mga balahibo ko sa katawan、Nahulog daw ito sa dagat.。pero、Hindi lang siya nakatingin sa taas.、Sa kabilang banda, nabighani ako sa bughaw ng dagat na nakikita mula sa itaas ng langit.、Sa wakas, gusto kong sumanib sa dagat.、Mas komportable para sa akin ang pantasyang iyon.。