題名のつけ方

       「慈雨(あじさい)」 水彩 ラングトン紙

紫陽花(あじさい)の季節になったちょっと出かけるとわが家の庭だけでなくどこの家の庭からも紫陽花が “こんにちは” と首を傾げてきます

この絵を見ると背景に見えているレオナルド・ダ・ヴィンチの「荒野の聖ヒエロニムス」が「あじさい」とどう関係あるのか紫陽花より先に疑問に思いますよね
 「聖ヒエロニムス」は悟りを得るためあらゆるものを教会に寄進して荒野に修行に出ますそこで足に棘が刺さって苦しんでいるライオンの棘を抜いてやりますそれが背景の絵の情景です

要するに絵のテーマは「(無償の!)愛」(当時のキリスト教会の「無償」についてはいろいろあるようですが)「あじさい」に雨はつきものそこに「慈雨」というタイトルをつけるとバラバラだったモチーフがピタッと一つのピースにまとまると思ったんですが理屈のこね過ぎかもしれませんね

たまたま紫陽花の写真を探していたら背景の一部に「聖ヒエロニムス・・」のページが偶然写り込んでいましたこのかけ離れた2つのモチーフをくっつけたら面白いと思ったので理屈をこねてみたのでした左右の大きな対比も意識しています

指絵

「カモメのいる浜辺」

ちょっと疲れてきたのかもルーティンになりかけた自転車ウォーキングもここ10日間ばかり積極的に行く気持ちが薄れている特に体調が悪いとも感じないし眠れないわけでもないからそれなら疲れかな?と思う程度

「癒しの自然音」という“睡眠用” の音がネット上にはたくさんある鳥の声とか波の音などが多い時々夕方にかなり眠くなってしまう時があってそんな時こういう音を流しながら横になることがある。ale、効果があると感じたことがない

むしろこういう画像を眺めて勝手に想像する方がずっと癒される気がするしちょっと戻ってしまうけれどこういう絵を描く方が満足感があって(描くときはもちろん眠くないが)描き終わったあとなんとなく心が軽くなる気がする

絵を描くには技術やちゃんとした画材がなくちゃと最初に思い浮かべる人は多いらしいけれど絵を描くには画材などない方がいいこともある
 指一本で空中に描く。rzeczywisty、わたしは半分無意識にそうしていることがあるすっと通り過ぎた人の顔の輪郭など一瞬指でなぞっていたりするそうすることで頭の中にかたちが保存される(気がする)
 必要なのはやっぱり「描こうとする気持」。i、1分以内という時間。5分あったら画材が手もとにあったら「さあ描くぞ」と構えてしまって逆に “指絵” が描けなくなる他人に見えなくたって絵は絵なのである

アネモネ薔薇ダリア

             「薔薇の習作」   水彩 ワトソン紙

薔薇を「花の女王」と位置付ける人は欧米の人々を中心に多いようだ(日本なら牡丹かな?桜はちょっと意味が異なる気がする)だからかとにかく新品種の開発速度が速くどんどん色もかたちも変わっていくそれとともに愛でる側の薔薇のイメージも変わる

今年(2026年)流行の薔薇の品種は分からないがこれは比較的最近のラナンキュラスに似たタイプの薔薇ラナンキュラスはアネモネに近い種でわたしははじめはアネモネの一商業品種だと思っていた

アネモネはわりに好きな花で毎年春がくるたびに描いたものだがラナンキュラスは花びらの枚数がやたらに多いので描くにはけっこう負担を感じさせる花だったそういうわけでこのタイプの薔薇も億劫だった

ale、見るぶんには柔らかい(もふもふ感のある)グラデーションとカドのない優しい形状でいまの人の感性には受けそうなタイプの花である。rzeczywisty、一時期は爆発的に流行した少しそのほとぼりは冷めてきたようだがここ数日薔薇を続けて描くうちに描いてみようかなという気持になった数枚描いてみると描き方のコツみたいなものを感じたこれが描けたら「ダリア」も描けるようになるかも知れない