「新しい日常」ってなに?

*以下は6月の非公開ブログから。7月31日の今日から振り返って見るのも意味があると考えた。

「コロナがなんとなく収まりかけている」ようにも見えてきた、6月。ネット空間で「新しい日常」「新しい生活様式」という言葉が、チラチラと視野をかすめるようになってきた。

「電通」経由の、政府・行政イベント、宣伝が公然と行われている。安倍氏曰く「それぞれの業界には、それぞれ得意な企業がある」。それが企業の存在理由ですから当然です。Tetapi、たくさんある会社の中で、「この会社は特に優れている」と言って選ぶなら、少なくとも税金を使う以上、その他の会社より「優れた点」を言ってくれなくてはいけないでしょうね。マスコミはなぜ、その「特に優れた点が何なのか」総理に質問してくれないんでしょうか。mungkin、「業界的に」「解ってまーす」ってことなんでしょう。こういうのを「知的」というんでしょうね、業界では。Baiklah、国民は「非」知的って認識なんでしょうか。

どうやら「新しい生活様式」というのは「with コロナ」という意味らしい。このキャッチコピーの「古めかしさ」はさすがだ。「美し国、日本」よりは少し新し目だし、あえて国策広告制作会社の「足元を見た提案」とは言わないが。Lebih-lebih lagi、意味不明という点でも、太平洋戦争中の「一億玉砕」キャンペーンと酷似している。一億玉砕して何をどうやって守れるのか、玉砕した後のことが一切示されないという馬鹿馬鹿しさに、なぜ「一億」がついて行ったのか。一世代前の若者に、新しいスタイルを与えた「レナウン」の「シンプルライフ」が、先頃倒産したばかり。レナウンの「Simple life」と、政府の「New life style」のどっちが新しいか、国民のセンスを試しているわけだね?

Pendek kata、①もう休業手当てはしません。そんな金、もう税金には残っていませんが、それでも欲しいというなら、あなた方の子孫から借金しますよ(という脅し)  ②コロナにかかるかどうかは自分次第だから「自衛」してね(内閣を批判した天罰) ③国民なんかより、目先の選挙が何より優先です(何がなんでも憲法改正) ってメッセージですね。

「新しい生活様式」ってなんですか?なぜ、「新しい生活様式」が必要になるのですか?それがどのように、私たちのためになるんですか?
(6月のメモから再録)

Diterbitkan oleh

Takashi

Blog peribadi Takashi。Bukan setakat lukisan、Apa yang saya fikirkan setiap hari、apa yang anda rasa、Saya menulis apa sahaja yang terlintas di fikiran。Blog ini adalah generasi ketiga。Dari awal, sudah lebih 20 tahun.。 2023Dari 1 Januari、Buat masa ini, saya memutuskan untuk menulis sahaja pada hari bernombor ganjil.。Saya akan memikirkan hala tuju masa depan saya dan perkara lain sekeping demi sekeping.。

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