7月になってもう七日にもなる。今日は七夕。Tetapi、ちっともそんな気分にはなれない。星に平和をどれほど多くの人が願っても、どんなに多くの人が病気や災害のない世を願っても、ウクライナ戦争は起き、コロナは蔓延する。結局は自分で自分を護るしかない、そんなしぼんでいく気持ちが、逆にどちらかといえば攻撃的な機運の底辺に漂っているのではないか、saya rasa macam tu。
確かに子どもは親を選べない。「金持ちの子に生まれたかった」「頭のいい両親のもとに生まれたかった」「美男美女の両親だったらよかったのに」という意味で使われるようだが、「こんな親で申し訳ない」と親である自分を卑下した言い方の方が多いらしい。Walau apa pun、きわめて不愉快な語というか、おぞましく、その語を発する本人だけでなく他人をも深く傷つける語である。