何が描いてあるのか

「カンパネラのある静物」  水彩

絵には実際に現物を見なければ分からないところがたくさんある。Luag tes、近くで現物を見ることで、かえって見えなくなるものもある。

写真や印刷物では見えないものは細部。たとえば、遠くから一様にぬられているようにみえる油絵の、間近でしか見えない筆の動き。右からか左からか、その早さなど。ロープを張って、絵に近づかないよう制限する展覧会もある。作品保護の観点からは確かに仕方ない面もあるが、そこを見たい人、そこが見える人にとってはじれったい仕打でもある。

そうやって現物を見るとき、逆に見えなくなるのは、作者の意図のようなもの。近くで見ると作者のテクニックがアクティブ過ぎて、彼らの冷静な計算が見えなくなる。感情的な身振りの陰に隠れた、周到な配置など。これはずっと後になって、画集などで何度も見返しているうちに、「もしかしたら」と急に見えてきたりするもの。作者の軽い “めまい” のような何かも、その時は分からない。

具体的に何が描いてあるかは、鑑賞者にとって、重要だが不可欠なものではない。それを描いている「作者の姿」、そこに描かれている「作者の計算」を見るものだから。
 「魂は細部に宿る」という名言がある。ことさらな細部など無さそうな絵にも、隠れられない作者の姿はあるのである。

Luam tawm los ntawm

Takashi

Takashi tus kheej blog。Yog tsis yog hais txog cov duab、Cas kuv xav txog txhua hnub、Xav tias nws、Kuv sau xijpeem los mloog。No blog yog tus thib peb tiam。Nws tau ntau tshaj 20 xyoo txij thaum pib。 2023Txij lub ib hlis ntuj 1 ntawm lub xyoo、Rau lub sij hawm tau, kuv txiav txim siab sau tsuas khib hnub。Kuv yuav xav txog cov kev taw qhia yav tom ntej thiab lwm yam。

sau ntawv cia

Koj email chaw nyob yuav tsis tsum luam tawm. Yuav tsum tau teb yog cim *