ボツにするよりはマシ

    「白椿」  水彩

長いこと放ったらかしにしていた習作に加筆、終了にした。満足とはいかないが、グッドアイデアが出てこないのだから、まあこんなもんだろう。そのままボツにするよりはいい。

急ぐ必要があるなしは別にして、何ごとも終わりは大切だ、と最近は思う。かつては描きっ放しはふつうのことだったが、それは新しいアイデアがどんどん生まれてきて、古くなったアイデアをいちいち終了させる手間が惜しかったから、だと思う。最近は頭を右から叩いても、左側から引っ張ってもアイデアが出てこなくなった。

アイデアが枯れるのは、脳の老化もあるかも知れないが、何よりあらゆるもののインプットの量、密度が小さくなったから、だと思う。情報量不足だということ。この時代にあって情報量不足なんて、と思うなかれ。
 有意な情報を得るには良いアンテナが必要だ。そしてそれが常に更新されていなくては、貴重な情報がスルーしてしまう。情報は新しいものが良いとは限らないが、触れ続けていることが大切だ、とよく言われるがたぶんその通り。言葉を換えれば、アンテナとアウトプットの装置が旧式のままだということ。

アンテナを更新するには何より “気力” が要る、と感じる。若い頃は「体力」があるから、空気や水のように、身体を通してアンテナが、いわば “勝手に” 更新されていた。歳をとって、体力が無くなってくると、意識して更新を心掛けないとすぐに固く、錆びついてしまう。それを意識するには「気力」が必要だ、というわけ。
 一枚の絵を描き終わるたび、 “がっかり” もあるが、「次はこうやってみよう」という課題も見つかる。それが気力を取り戻す-ボツにしてしまうよりはいい-理由。

Luam tawm los ntawm

Takashi

Takashi tus kheej blog。Yog tsis yog hais txog cov duab、Cas kuv xav txog txhua hnub、Xav tias nws、Kuv sau xijpeem los mloog。No blog yog tus thib peb tiam。Nws tau ntau tshaj 20 xyoo txij thaum pib。 2023Txij lub ib hlis ntuj 1 ntawm lub xyoo、Rau lub sij hawm tau, kuv txiav txim siab sau tsuas khib hnub。Kuv yuav xav txog cov kev taw qhia yav tom ntej thiab lwm yam。

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