ベーコンの憂い

     「新緑」  水彩 F6

ベーコンは塩気と油が多いからなあ・・いや、そっちのベーコンではなく、イギリスの画家、フランシス・ベーコンの方。わたしはフランシス・ベーコンの絵が大・大好きだと公言している(と言って誰かが聞いているわけでもないが)が、その人がこんな絵を描くなんて、とフランシス・ベーコンが見たら「憂い」だろうな、というくらいの、いい加減なタイトルである。

わたしが展覧会に発表してきた絵は、上のような絵とは表現が随分異なる。Thiab、展覧会場で知り合う多くの人は、会場に陳列されているような絵を、わたしが毎日描いていると想像している(と思う)。実際は、ほとんど多くの時間、わたしはこのような具体的なスケッチに明け暮れている。

スケッチをする暇があるなら、一点でも多く作品を創った方がいい、とアドバイスしてくれた人がいる。スケッチなど無駄だとも言った(ような気がする)。そうかもしれない。わたしのように、発表する作品と普段の制作とのギャップの大きい人は特に。世間のものの見方と、それに合わせた効率を考えれば、その方が合理的選択なのかもしれない。
 「あの人はこういう絵を描く人」「あの人は○○をする人」などと、一つのイメージに固めることができれば分類・記憶の整理が楽だから、多くの人はそんな風に単純化しようとする。画家の方もバカではないから、ひとつのイメージにまとめてもらいやすいように、それに合わせたイメージしか見せないようにする。それがCMの基本的な考え方だ。
 アスリートも、引退宣言して、初めて選手以外の「人間」として見てもらえるようなもの。先日紹介した「わたしを束ねないで」もそういうこと。

Tab sis npog、(誰もが知っているように)どんな人ももっと複雑で多様な、時には自分自身ですら気づかない別の面を持っているものだ。フランシス・ベーコン(の絵)も、わたしをこう見ていたかも知れない。
 「お前の見方は表面的で薄っぺらい。それはお前自身がそうだからだ。オレはもっと深いものを見ているのだが、お前はそういう視点を持っていない」。ベーコンの憂いである。

Luam tawm los ntawm

Takashi

Takashi tus kheej blog。Yog tsis yog hais txog cov duab、Cas kuv xav txog txhua hnub、Xav tias nws、Kuv sau xijpeem los mloog。No blog yog tus thib peb tiam。Nws tau ntau tshaj 20 xyoo txij thaum pib。 2023Txij lub ib hlis ntuj 1 ntawm lub xyoo、Rau lub sij hawm tau, kuv txiav txim siab sau tsuas khib hnub。Kuv yuav xav txog cov kev taw qhia yav tom ntej thiab lwm yam。

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