Nws yog ib qho nyuaj rau kos cherry blossoms

       「桜のある風景」 水彩

桜に対する日本人の “熱愛” は “超” 特別だ。その一種の「異常性」が普通の日本人(わたしも含め)には正常と感じられている、という異常性の出発点は「小学校の桜」にあるのではないか、と多くの人が述べている通りだと思う。わたしの知る限りでも、校庭に桜が無いという学校を見たことがない。現実空間には存在しない「デジタル小学校」のようなものがあったとしても、きっと画面のどこかに桜が入っているに違いない、とさえ思う。
 さらに花のタイミング。幼少期の大きなイベントは多く学校に関わることが多い。その中でも入学、卒業は特別な意味を子どもにも感じさせる。その背景にいつも桜がある。東日本大震災は3月だった。震災直後の満開の桜は、その清々しさゆえに喜びよりもむしろたくさんの日本人の涙を誘ったものだった。桜は単に花であるだけでなく、深い心情を伴った象徴でもある。そのことが、モノとして桜を描くことをさらに難しくする。

そういう意味で、ほぼ100%に近い人が、一度は桜を描いた(描かされた)記憶がありそうだ。そしてその90%以上の人が、(ピンクをただ塗りたくる以外に)どう描いたらいいか、悩んだ経験を持っているに違いない。わたしも小学生の頃に感じたそのコンプレックスがずっと尾を引いて、今も解消できずにいる。Ntxiv mus、風景としてはあまりにも普通過ぎて新たな視点を見出しにくい。桜への熱愛に比して、公募展などでは桜の絵がむしろ少なめなのは、きっとそういう理由だろうと思う。

Luam tawm los ntawm

Takashi

Takashi tus kheej blog。Yog tsis yog hais txog cov duab、Cas kuv xav txog txhua hnub、Xav tias nws、Kuv sau xijpeem los mloog。No blog yog tus thib peb tiam。Nws tau ntau tshaj 20 xyoo txij thaum pib。 2023Txij lub ib hlis ntuj 1 ntawm lub xyoo、Rau lub sij hawm tau, kuv txiav txim siab sau tsuas khib hnub。Kuv yuav xav txog cov kev taw qhia yav tom ntej thiab lwm yam。

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