「失敗」の「成果」

「少し急ぐ」 水彩・F4   2020.12.12

「失敗」と「成功」は正反対の概念のように思える。一見両立しない、コインの表裏のようだが、よく見れば「表」と「裏」はわずかな厚みの差だけ。「失敗」と「成果」ならどうだろう。「成果」は、失敗からも成功からも得ることができる。私の場合、特に失敗から学ぶことの方が、これまでは大きかったように思う。

失敗から多くを学べるようなケースもあれば、成功はしたものの、僥倖的な成功体験が次の大失敗につながる事例を、私たちは日常的、歴史的に経験してきた(している)。「失敗は成功のもと」は、まだまだ死語ではない。

「なぜ失敗した(する)のか」。冷静で粘り強い分析は、よく言われる「プチ成功体験」より、ある意味でかなり積極的な姿勢だと思う。失敗から目を背けず、失敗という他人目線の批評を越えて、未来を肯定する指向性をもっているからだ。そもそも、行動しなければ失敗さえできない。そのうえでそういう指向をするとき、「失敗」はすでにひとつの立派な「成果」だと言ってよい。

私たち(日本人)は、失敗をつい「自分の力の無さ」「人に迷惑をかけた」などと卑下しがちで、失敗を「怖れ」「隠し」、それゆえにことさら他人の失敗を非難したくなる国民性を持っているようだ。そうした「失敗の個人化」ではなく、「失敗こそ共有財産」と認識し、多くの人の意見の中でその分析をし、未来に繋げていく、粘り強い冷静さを持ちたい。そのような国民性を育てるためには何が必要か、私たちの国には、これまでそうした論理性が育たず、実際ほとんど考えてこなかった。コロナ禍の中で、あらためてそのことを感じる日々。

Luam tawm los ntawm

Takashi

Takashi tus kheej blog。Yog tsis yog hais txog cov duab、Cas kuv xav txog txhua hnub、Xav tias nws、Kuv sau xijpeem los mloog。No blog yog tus thib peb tiam。Nws tau ntau tshaj 20 xyoo txij thaum pib。 2023Txij lub ib hlis ntuj 1 ntawm lub xyoo、Rau lub sij hawm tau, kuv txiav txim siab sau tsuas khib hnub。Kuv yuav xav txog cov kev taw qhia yav tom ntej thiab lwm yam。

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