虫の目、鳥の目

Island ・浮かぶ男

「虫の目」とは人が見逃してしまいそうな、あるいは無視してしまいそうな、一見雑多な現象に見える事柄の中に、普遍的な価値や真実を探究する目や姿勢のこと。「鳥の目」とは高い、広いところから、小さな目先の木や、水溜りに捉われず、遠くの大きな森や広い沼や湖を見つけるように、ものの重要性や緊急性などを比較できる目の喩えである。

一人の人間にとって、どちらも一定程度必要であるにも拘らず、ほとんどの人はどちらか一方に偏りがちであるに違いない。けれども、それで困るかと言えば、案外に困った風にも見えない。cuag、むしろ一方を非難する場合さえ、決して少なくはなさそうだ。

常識的に考えれば、どちらもほどほどという中間派が最大数になりそうだが、果たしてそれでいいだろうか。「目」という同じ語に騙されて、まっすぐな線の両端のように同じ次元に置いてしまっているが、そもそも比べられるものなのか。Txoj kev、数学的に言えば線というものには端がない。いわゆる極端がない以上、どこをとっても中間としか言いようがない。

話を戻す。大雑把に言って、政治家に必要なのはどちらかと言えば鳥の目ではないか。「大所高所の見地から」という言葉は政治家の大好きな言葉の一つだが、昨今は大小、高低さえわかるかどうかも怪しいものだ。Ntxiv mus、多くの人が見えているものにもまた気づかない。こういう、退化した目を持つ動物を何と呼べばいいのだろうか。決してモグラなどと言ってはいけない。それではモグラが可哀想だ。

Luam tawm los ntawm

Takashi

Takashi tus kheej blog。Yog tsis yog hais txog cov duab、Cas kuv xav txog txhua hnub、Xav tias nws、Kuv sau xijpeem los mloog。No blog yog tus thib peb tiam。Nws tau ntau tshaj 20 xyoo txij thaum pib。 2023Txij lub ib hlis ntuj 1 ntawm lub xyoo、Rau lub sij hawm tau, kuv txiav txim siab sau tsuas khib hnub。Kuv yuav xav txog cov kev taw qhia yav tom ntej thiab lwm yam。

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