年頭の誓い

交叉する影(スケッチ)

そろそろ数え日の時期になってしまった一年の終わりころになってやっと年初の誓いを思い出すなんて誓い違いも甚だしい

今年は「自分らしい風景画」を1枚は描くぞそんな誓いを密かに立てていたがいつのまにか「描きたい」という願いにすり替わっていた「願い」では弱い「誓い違い」であってもやはり誓いでなくっちゃ「来年やろう来年」そうやって何年も何年も持ち越してきた「誓い」や「願い」が積み重なりその重みでもう胸が押しつぶされかかっている

年末になるといつもそんな「出来なかったこと」のオンパレード私のペースメーカーに守られたハートもチキンチキンと痛む来年は頑張るけどその前に今年の残りはどうする??大臣高級官僚並みの記憶喪失症に私もなりたいな

銀座

 

銀座のショーウィンドウから

ここ3週間ばかり頻繁に銀座へ行く個展グループ展往復の移動時間がバカにならないので一度に3つか4つ位は廻らないと仕事でもないのに毎日銀座通いになってしまう

銀座での展覧会は多少義理絡みでないこともないが無駄ではないそれなりに作品を見たいと思わせてくれる作家にしか義理を感じないという鈍感さも持ち合わせているせいか何がしかこちらに刺激というお土産を持たせてくれる東京といえどなかなかそうしたレベルは保てないが銀座ではそれが「普通」その意味では銀座は効率がいいと言える

銀座といえば「虚飾」のイメージがずっと以前は私にもあっただが新宿などにくらべれば銀座はずっと「素顔」で「素直」な街だと最近は思う少なくとも個展をやっている画家たちの殆どは想像されるより皆ずっとずっと「素顔」で「素直」だ。Es tsis yog、そうでなければ長くは続かない

Tab sis npog、画家とかいう連中はみな少しネジが緩むかずれていてしかもそれを自覚できない人が殆どなのでそういったことが解るまではどこか別次元の世界のように感じる人もいるかも知れない確かに街全体が少しばかりネジがずれた街かも知れない、Tab sis npog、そのズレこそ新しい世界への隙間なのに違いない

迷路遊びなら地下鉄で

「モデル 」 水彩 F10

今朝はぐっと冷えたらしいぬくぬくと布団の中にいてラジオで天気予報を聴いていただけで寒さを知らず

昨日は数人の個展を中心に都内を廻ってきた銀座のように画廊が固まっているところではなく開催場所がバラバラだったので件数の割にはだいぶ時間がかかった特に乗り換え駅の構造の分かりにくさに閉口した

一説には核戦争時のシェルターになるようホームを深く作るようになったとも言われているが確かに深いそのうえ都内地下鉄では駅どうしをくっつけて繋ぐ傾向がある案内板も少ない仕事柄その類の図には慣れているはずだがそれをじっと見ても頭の中でコースを描きにくいなまじ図を見たためにかえって迷子になる人もいるに違いないプロジェクト・マッピングの技術などこういうところに使えるようになって欲しいものだ

2つ3つの駅構内を乗り換え線ホームを探して歩くだけで汗だく疲れとタイムロスとで結局最後まで廻りきれずに帰宅することになった