林道を描く

      「林道の橋」 水彩

7年前の下北半島での写真をもとに描いた。小中学生の頃は、遊びといえば海か山しかなかったから、集落からはかなり遠いが、この林道も数十回は通ったはずだ。今から考えると、子どもの足でよくあの距離を平気で歩いたものだと思う。往復10kmはある。道の記憶はほとんどないが、今も同じ空気を感じることはできる。

小学校低学年の頃まではここには森林鉄道があり、トロッコを繋いだ蒸気機関車が通っていた。数回は弟と運転室に乗せてもらったのも覚えている。それが廃線になり、木材を運ぶ自動車道路になり、山で仕事をする人々の通勤道になり、集落に比較的近いところには、田んぼも畑もできた。「カイコン(開墾)」という、子どもには難しい言葉もよく耳にした(だけでなく、中学生になってからは実際に労働力にもなった)。
 子どもだけでのヤマメ・イワナ釣り、アケビや山ぶどう狩などの野遊びのメインストリートだった。

田んぼも畑も原野に戻った。炭焼も茸つくりの人も消えて、いまは営林署関係の車しか通らない道になった。子どもだって、アケビなど探しに山へ行かなくても、もっと美味しいものが季節を問わず家の中にある。林道の多くはもう廃道同然で、文字の読み取れない案内板が雑草に埋もれて斜めに突っ立っていたりする。「クマ出没注意」の看板だけが新しい。

この道はその中でも幹線林道で、太平洋側から峠を越え、陸奥湾側まで続いているらしい。車を降り、橋の下を流れる川の水音を聞きながらしばらく林道を歩いた。「今のうちに描いておかなくちゃ」と思ってから7年も経ってしまった。

赤とんぼ

        「あじさい」  アクリル

夕方、数日ぶりの自転車散歩。梅雨や台風の雨で、散歩を数日休んでいた。行きには、数匹トンボがいるなあと感じる程度だったが、帰る時には群れの中に紛れ込んだかと思うほどのたくさんのトンボ。赤い色をしていたからたぶんアキアカネが里へ移動してきたのだろうと思う。写真を撮ったが、風景の中ではそれらはあまりに小さくて、拡大しても見つけることができなかった。

指絵

「カモメのいる浜辺」

ちょっと疲れてきたのかも。ルーティンになりかけた自転車ウォーキングも、ここ10日間ばかり積極的に行く気持ちが薄れている。特に体調が悪いとも感じないし、眠れないわけでもないから、それなら疲れかな?と思う程度。

「癒しの自然音」という、“睡眠用” の音がネット上にはたくさんある。鳥の声とか波の音などが多い。時々、夕方にかなり眠くなってしまう時があって、そんな時こういう音を流しながら横になることがある。Tab sis npog、効果があると感じたことがない。

むしろこういう画像を眺めて、勝手に想像する方がずっと癒される気がするし、ちょっと戻ってしまうけれど、こういう絵を描く方が満足感があって、(描くときはもちろん眠くないが)描き終わったあと、なんとなく心が軽くなる気がする。

絵を描くには技術やちゃんとした画材がなくちゃ、と最初に思い浮かべる人は多いらしいけれど、絵を描くには画材などない方がいいこともある。
 指一本で空中に描く。実際、わたしは半分無意識にそうしていることがある。すっと通り過ぎた人の顔の輪郭など、一瞬指でなぞっていたりする。そうすることで頭の中にかたちが保存される(気がする)。
 必要なのは、やっぱり「描こうとする気持」。Thiab、1分以内という時間。5分あったら、画材が手もとにあったら、「さあ描くぞ」と構えてしまって、逆に “指絵” が描けなくなる。他人に見えなくたって、絵は絵なのである。