保存された写真を見るとき

06/03(土)にアップロードしました

お元気ですか寒暖の差が大きい時期そのうえ雨が降れば線状降水帯だの嫌な言葉が耳に定着してしまいましたわたしはちょっと疲れ気味です例によってこの動画にもかなりの体力時間を費やしました水彩の制作時間は1時間半ほどで描くこと自体は(撮影のための無理な姿勢を別にすれば)楽しいのですが編集がね

パソコンの前にずーっと座り続けるのも確かに辛いけれどその他にあるたくさんの用事をすべて後回しにするそのことのストレスが夜深い眠りを妨げるんです

スイートピーは教室用のモチーフをわたしの保存写真の中から探している時その中から見つけたものです写真って撮っておくもんですね“これ絵になるな”パシャっとやってから描くまでに何年もかかりそのカフェはもう存在しません
 写真を探す過程で過去の作品写真もあちこちからいっぱい出てきますじっくり見ている時間はないのですが見るたびにハッとする絵も結構あります手前味噌で恐縮ですが苦しみつつも自分なりに(心の中を)正直にかたちにしていたことに「自分がんばっているじゃん」と声をかけてやりたくなりますあなたにもきっとそんな何かがあるんじゃないでしょうか 

そういう絵をたぶんもう二度と見る(見せる)こともなさそうなのが残念にも思いますがわたしが死ねば結局ただのゴミその時はこれらの絵と一緒にわたしを燃やしてほしいと望みますが社会の中で生きていればそれもまた叶わぬ夢のようです

「美しさ」について

ビデオ「カフェのスィートピー」のワンカット(この瞬間が楽しい)

あなたはどんなときどんなものを美しいと感じるのでしょうか?美しさを感じる対象は芸術のようなもの以外たとえば風景のようなものはもちろん人間の顔表情あるいは声そのものだったりモノではなく行為あるいは数学や化学式まであらゆるものが対象になってもなんの不思議もありません多くの人が醜(しゅう・みにくい)と感じる対象のなかに美を感じとるひとだっています

人間以外の動物も「美しさ」を感じたりするのでしょうか鳥の求愛行動や飾り羽などを見るとそういう感覚はあるのかもしれないという気持ちになりますね現生人類とネアンデルタール人はある時期共存していたと言われていますところがその後ネアンデルタール人は絶滅してしまいました彼らの絶滅と現生人類の継続を分けた原因は何だったのでしょうか

それは「美」の概念だったのではないかという仮説があるそうです「美しさ」は多くの人にとって生きていくうえで必ずしも不可欠な概念ではないと考えられています現代では「美に現を抜かし」ているとむしろ生きていけなくさえなりそうですがそれが人類を絶滅から救ったとはどういうことでしょうか
 仮説は「きれいな貝殻の発見」から想起されました。。海からはるかに離れしかも食料的な意味もほとんどない小さくてきれいなだけの貝殻が現生人類の遺跡からはたくさん出土するのに近くにあるネアンデルタール人のそれからはまったく見つからないそれはなぜかというのです
 不要であるのに誰もがある種の「感動」を持つ誰もがそれを味わいたいそれは確かに「美」の概念と言えそうですそれを持つものと持たないものやがてそこに「象徴性」が生まれ「美」を持つものが権威を勝ち取り上下関係となりやがて社会としての構造を作ることにつながったからではないか。Zoo、それが仮説のおおよその内容です

「生きていくうえで不可欠ではない」?本当でしょうか?仮にいまある「美しさ」について上に述べたことがらの諸々をすべて剝ぎ取るとどういう世界が見えるでしょうか。Sab xis、いまウクライナ戦争で露わにされた世界たとえば激戦地といわれているバフムトの現状がまさにそうではないでしょうかあの風景が「不可欠なもの」を追求した結果なのでしょうか
 「美しさ」と声に出すとき心のどこかにある種の反感というか「世の中きれいごとだけじゃ済まされない」という大きな声も同時に聞こえてきて口にするのをちょっと躊躇してしまいますでもやっぱりそれを求める心を失ったとき人は戦争しか選択することができなくなってしまうそんな気がします美しさを求める心が辛うじて戦争を止めているそんな危うさを感じます「生きていくうえで本当に必要なもの」自分のこころを静かに覗き込む時それがおぼろげに見えてくるような気がしています

ちょっと楽しいかも

テーブルの上のスィートピー(水彩・完成直前)

あなたに見てもらいたい1枚です。5/25のブログ「ストレスのない絵」で使った3枚の写真のうちの1枚をモチーフに新たに試作してみましたがどうでしょうか。2枚目ということで少し慣れ人工照明下の花を描くという制作の意図がはっきりしてきたように自分では感じました

こういう店内照明下での花を描いたことはあまりなかったのですがその照明の中で実際に描いたら色のコントロールがおそらくできません写真だからこそ描けるモチーフでもありますね

もう一つの狙いは小さな花が密集している状態を描くことです白い花も紫のそれも完全な花のかたちは一つも見えませんこういう群がったかたちの花や情景はたくさんあるのでそれを描くための練習でもあります

天井からぶら下がるタイプの照明をまだ描いていませんがそれは白い絵の具を混ぜて描くつもりです前作ではマスキングを使っていますそういった技術的な興味もありますが自由な(まだ不十分ですが)筆遣いそのものを楽しんでいます