キリストの顔と筆柿

「青柿2個」  ペン+水彩
「筆柿」

スーバーから「筆柿」を買ってきた(写真)ずっとわたしのイメージの中にあった「筆柿」より数倍立派筆柿は知っているつもりだったがこれは初めて見たかも、is。渋柿らしいけれど上手に渋が抜けていて美味しかった

わたしの頭の中の「筆柿」は筆より小さい?「土筆(つくし)」だったのだろうか?ローソクの焔を逆さにしたような感じでもう少し小さく貧相な顔立ち(ごめんなさいね)だったような気がしてきた通りすがりの垣根の向こうに生っている柿工場裏手の誰も採らないままの筆柿もこんな立派な柿ではなさそうに見えた

この「筆柿」を見ていてわたしはルーブル美術館だったかどこかで見たロマネスクの磔刑のキリスト像の顔を思い出した柿の実の上部の「変な出っ張り」と下膨れのかたちが哀れにもイバラの冠を被らされたキリストの輪郭とおぼろげに重なった

Per viam、キリストの冠のイバラはどんな種類かについてちょっとだけ調べてみたことがある
 多くはセイヨウヒイラギ説とトウダイグサ科のハナキリンという説柊(ひいらぎ)は葉に棘がありハナキリンは茎に棘があるセイヨウヒイラギはクリスマスにドアのところに飾るクリスマスホーリーに使われているハナキリンは育ててみたことがあるが見た目には冠とはちょっと違うと思っていた途中で枯らしてしまったので分からなかったがそのまま成長すると蔓状になるらしい「冠を編む」という点ではこちらの方がむしろ符合するのだそうだ(ともかくハナキリンは痛いよ)
per viam、ずっとあとになってそのキリストの顔を水彩でスケッチした記憶も甦ってきた

"Persimmon viridis" Watercolor、Waterford paper (crass)

Viridi persimmons in introitu positae ut argumentum in pictura flavum sensim convertuntur.。Suus 'been tempus pluviæ die ad a dum、Fortassis propter hoc, siccus dratically cecidit.。heri、Hodie serenum est, sed sol vim aestatis amplius non habet.、Autumni viriditas primum in annum rediit.。

Priusquam hoc viridi persimmon、Iam aliquot arbores rubris persimmons laxe pendulae erant.。Fortasse aliud genus persimmon est.。Fructus dulcis etiam popularis in Europa occidentali est.、Productio maxime activa in Hispania.、Secundum maximum effectorem in mundo post Sinas esse dicitur.。
Secundum Vicipaedia, fere per totam Iaponiam ab Hokkaido ad Kyushu meridionalem crescit.。Locutio est Basho Matsuo quae dicit, `Non est domus sine arbore persimmon in vico antiquo.'、Si legeris, descriptioni Vicipaediae inserere videtur.、Praeteritis persimmons memini paene impossibile esse Praefecturae Fukushimae septentrionalem crescere.。Auctor `Oku non Hosomichi', qui Tohoku iter fecit, fines productionis non vidit.。

Multi dicunt quod persimmons non sunt persimmons nisi sint crunchy.。durum ostreis、Textura crunchy vita est、quod esset。Quia in terra septentrionali suscitatus sum.、Veram persimmon in arbore nascentem numquam videram.。In tempore quo pauper erat distributio、Nullo modo aliquid accipere potes quod rigidas.。Ego tantum semper comedi dulcem et pene intus liquescentem.、Cogitavi quod fuit persimmon。Etiam nunc、Si quid ego toro kakikki malim.。

Adumbrat non solum adipiscing faucibus、Paulo acrylico fuco ut turpi utar.。Non solum inhaero ut acquerello、効果があれば何でも使えばいい今見えている効果を水彩だけでやろうとすると案外大変なんじゃないかな

Niki Exhibition、Vide an independens exhibitio

昨日(10月20日)乃木坂の国立新美術館で二紀展と独立展を観てきました旧知の作家が二人も黒リボンつきで展示されていたのが悲しく寂しい

展覧会は団体展であれ個展であれ一種の体力勝負の場でもあります集中力研究心さえ体力がなければ続きませんから体力も “実力” の一部であることは間違いありません体力がないと展覧会を観に行く事さえできません地方に住んでいる人はそれに加えて財力もないと東京の展覧会に出品はもちろん観に行くことさえかなりの負担です
 団体展の会場では図録も売っているしある程度の団体ではホームページなどで会場作品を公開したりしていますが絵を描く人は実物作品を自分の目で見る必要が絶対にあります一本の黒い線がどんな材料で描かれているのかどんな下地にどのくらいの速さで引かれているのか等々図録などではまったく分からないのです

Sed、それはそういうところに出品する人たちの話一般の人はむしろ大づかみに色やアイデアを楽しんで欲しいし描く場合でもそんなふうにのびのび描いて欲しいものですもともと絵は他人と競争するようなものではないでしょうから

feliciter、のびのびと子ども心のままに描きその積み重ねが知らず一つの高みに達するというのが理想ですが、Tale aliquid、誰にでもできることではありません都会の展覧会へ無理しなくても小さなスケッチブックを持ってあるいは図書館から画集を借りて絵に親しむ機会を増やすだけでも意味はあるんじゃないでしょうか
 天才たちの作品や展覧会の作品はそれぞれの道すじでの道案内のようなものなんです